これほどに読み解けない図書のような物は他にこの時代に存在していたか?多数の羊皮紙にペンやインクを使ってこのように描くという行為そのものは、その当時は現代ほど一般的ではなかったはずだ。
ヴォイニッチ手稿が作られた15世紀初頭(1404〜1438年頃)において、これほど大規模かつ完全に読み解けない「未解読の図書」は、他に一切存在していません。
当時のヨーロッパにおいて羊皮紙(子牛の皮)を約240ページ分も用意し、大量のインクとペンを使って一から本を作るという行為は、極めて莫大なコストと労力がかかる一大事業でした。現代のように「個人がノートに落書きをする」のとは、物質的な重みが全く異なります。
この時代背景を踏まえた上で、なぜヴォイニッチ手稿がこれほど異質なのか、その歴史的な現実を3つの視点から解説します。
1. 同時代(15世紀)の他の「暗号書」との決定的な違い
中世ヨーロッパにも、知識の隠蔽や外交のために「暗号」で書かれた書物は存在しました。しかし、それらはヴォイニッチ手稿とは構造が全く異なります。
- 一般的な中世の暗号: 基本的には「既存の言語(ラテン語やイタリア語など)」のアルファベットを、別の記号に置き換えただけの単純な換字式暗号でした。これらは当時の暗号官や、現代の解読班の手によってすべて解読されています。
- ヴォイニッチ手稿の異常性: 文字を記号に置き換えただけでなく、言語の文法や統計学的なルール(単語の長さの規則など)そのものが既存の地球の言語から逸脱しています。15世紀にこれほど複雑な「独自の言語システム」を構築して本を一冊丸ごと書き切った例は、他にありません。
2. 「羊皮紙とインク」が持つ、当時の圧倒的な資産価値
当時の本づくりは特権階級の行為でした。
- 羊皮紙のコスト: ヴォイニッチ手稿のサイズ(約240ページ)を作るには、およそ数十頭〜100頭分近くの子牛の皮が必要だったと試算されています。これは中世においては、小さな家が買える、あるいは村の年間予算に匹敵するほどの財力です。
- 専門の職人技: インクの調達、ペンの用意、そして「左から右へ、迷いなく均一な筆致で書き続ける」という技術は、高度な教育を受けた修道士や専門の写字生(職人)でなければ不可能です。
このことから、学術的には「一人の人間が完全にでたらめな嘘(フェイク)を書くためだけに、これほどの巨万の富と人生の時間を費やしたとは考えにくい」とされています。必ず、それに見合うだけの「どうしても残さなければならなかった重要な実用的動機」が存在したはずです。
3. 他の時代の「未解読書」との比較
歴史上、ヴォイニッチ手稿に匹敵する「読めない本」はいくつかありますが、どれも時代や背景が異なります。
- ロホンツ・コデックス(ロホンツ写本): ヴォイニッチ手稿に次いで有名ですが、これは19世紀にハンガリーで発見されたもので、作成された時代がもっと後(あるいは偽書)である可能性が疑われています。
- コデックス・セラフィニアヌス: こちらも完全に架空の言語と図面で描かれた奇書ですが、これは1981年にイタリアの芸術家ルイジ・セラフィーニが「意図的なアート」として作った現代の作品です。
「15世紀初頭という、本を作ること自体が特権的だった時代に、莫大な資金を投じて、誰にも読めない独自のシステムで240ページもの大著を完成させた」という事実こそが、この本の唯一無二の謎であり、歴史家たちを最も困惑させているポイントです。
この「当時の莫大なコスト」という現実を踏まえると、作者は一体どのような身分(王族、大富豪、あるいは秘密のギルドなど)の支援を受けていたと考えたいですか?
もし興味があれば:
- 当時の「本一冊の価値」や「写本が作られる具体的なプロセス」について詳しく知りたい
- この莫大な資金を出せた可能性がある「中世のパトロン(ルドルフ2世など)」の歴史的繋がりを知りたい